ニューヨーク近郊の会計士 仕事日記43 これくらいじゃ死なねえだろう、感について

アメリカ/会計業界/就労

こんにちはー 駆け出しブロガー会計士、らーきいです。

僕はBIG4での監査経験を経て現在USCPA監査人としてアメリカのニュージャージー州の会計事務所にて主に日系企業の監査、レビュー業務に携わっています。

この前に書いた記事(#42)は自分が書いたものをAIに改定させて仕上げたものなんですけど、こう、改めて読み返してみると、やっぱり自分が書いた記事じゃなくなっているような感覚なんですよね。やっぱり質感が全然違うというか、自分ぽい部分が消されてしまっているというか、、、、

うまく説明できないんですが、やっぱりAIを使うか使わないか、これはいい点と悪い点をしっかり見極めて文章を書かないといけないよなあ、と改めて思いました。

さて、そんなわけで今回は100%自力で書こうと思います。

皆さんは仕事(でも勉強でもスポーツでもいいですが)一生懸命やってちょっと死にそうになったとか、鬱になりかけたとは、体に異常が発生始めた、しそうになっていた(ハゲるとか)、って経験はありますかね? 

僕はこのブログの自分の経歴の話でも書いたんですが、証券会社時代にかなりブラック気味の上司に当たり相当鬱に近いところまで行きました。何を言ってもその言葉に対して否定と怒りのこもった言葉が飛んでくるので一時的に口から言葉も出てこない経験もあります。本当にキツイ経験でしたがその経験のおかげと言ってはなんですが、かなり精神的には頑丈になり、ちょっとのことでは動じなくなり、つまり「あー これくらいならへっちゃら」という事が多くなりました。暴風雨に耐性がついたということです。その後はさらに失職し、アメリカでスーパーマーケットで販促のアルバイトなど、まあ、大学卒で大企業キャリアのある人間としてはかなり階層の低い場所からまたやり直すわけですが、プライドも何もなくこうした経験をし直すこともさらなるストレス耐性に磨きがかかったと思います。

この強めの耐性の取得はその後の人生においては相当役に立ったのかなあと思うんですね。何せ普通の人が嫌だと思うことも大丈夫、かなりのストレスがかかっても継続できる、怒らない、余裕を出せる、エトセトラ、、、家族関係、人間関係、仕事においてもいろいろ切り抜けましたが過去の厳しい体験によって潜り抜けることができたことが多いように感じます。逆にあの経験で強くなれなかったらどこかでまたしくじったり、失敗していた可能性がかなり高いなと思うんですよ。

僕はアメリカで中流の生活ができているだけで成功者とかの類ではないんですが、ここから思うことはおそらくこうした失敗や体験の積み重ねによって世の中の成功者は成功者たる道を歩んでいるんだと思うんですよね。精神鍛錬もそうだと思うんですが、正しい選択(大きな選択も小さいものも)や行動、発言についても度重なる間違いから学び、ベストな行動をすぐに判断できるようになっていった結果が皆がうらやむ「成功者」の実態ではないかと。もちろんその人の生来の頭の良さとかにも関係しますけど、学びが早い人であれ遅い人であれ、トライ&エラーから学び取っていったことは間違いないと思います。

つまり失敗は早めに、大量にしていくのがよし、ということでしょうかね。そこから何かを得ることが前提ですが。

そんで話が少しそれましたが「これくらいじゃ死なねえだろう」と思えるくらいの感覚と仕事量を引き受けられるようになるには時間も経験も必要ですが、そうなれるようになればそれこそ人よりアドバンテージがあるということです。何せ「死ぬ」レベルの仕事と比較して受けた仕事をやっていくわけですから。それには「これやっていたら本当に死ぬかも」という経験をしないとその発想とレベルにならないわけです。でもそこまでいけば通常の仕事に対してかなり余裕ができるんですよ。

今実際にきつい仕事や上司に当たって鬱になってしまい再起不能になる方も増えていると聞くのでそこはバランスが難しいですね。なので耐性の付け方は段階的に(できれば本当に子どものの頃や若いうちから)付けていく必要があります。自分が「ここまでなら多分大丈夫、でもこれ以上はやばいかも」という限界をある程度認識して、限界を超えないようにするバランス感覚も同時に磨いていくことは自分を守るために必須、耐性を得るために頑張ろう!という方もどうかまずそこを気をつけてください。

こちらのブログ主はアメリカの会計業会に興味のある方や、アメリカで働きたい方へボランティアで相談に乗っています! 興味のある方はコメント欄からご連絡ください!

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