テンプルを見に行く
さて、とりあえずモーニングセッションは解散となった一行だったのですが、僕と嫁さん、そしてユズリハはテンプルをじっくり見たいということでそのままセンタープラヤを突っ切りテンプルに行くことにしました。
テンプルとはザ マンと並んでバーニングマンにおいては最重要モニュメントで、僕の理解では主に過去に亡くした人やペットなど、過去の死にまつわる思い出や遺品などを持ち寄り、今も生きるバーナー達がその死を悼み気持ちを共有するための場所として皆が集まる場所です。
それは実際に行ってみてわかったことですが、実際にテンプルの中では多くの人がそれぞれの思いで壁に書き込みをしていたり、写真や遺品、亡くした本人の好きだったものなどをそこに置いていました。テンプルの中央は広場のように作られていて、そこで人々は礼拝をしていたり、音楽を奏でていたり、誰かが皆に語りかけを行っています。そこは失った何かを悼む場として皆が集っており、通夜の場にも似た、重く厳粛な雰囲気がありました。
バーニングマンでは特定の宗教を重んじているわけではない(バーニングマン自体が何かの宗教のような感じもしますが、、)のでそのスタイルはみなバラバラでしたが、泣いている人も数多くいて、そこは気持ちを皆で共有する場所として大きな意味があるものだと感じました。
何には朝から踊ってからテンプルにきたのか、露出度のかなり高いお姉ちゃんが泣きながら激しく壁に書きなぐりをしていて、多分誰か死を悼んでいるのだとは思うのですが、その見た感じと行動とのギャップがかなり印象的でした。
このテンプルは土曜日のマンバーンに続き、日曜日にはマンと同様に燃やされてしまいます。建物ごと荼毘に付してしまうという事のようです。周りの爆音のステージトラックとは打って変わって神妙なモニュメントですが、日曜日のテンプルバーンもしっかりと見てみたいと思ったのでした。
手間をかけてチャリンコを直してもらう
遂に僕のチャリンコは限界を迎えました。
朝のセッションとテンプル周りを行ったり来たりしている間からチェーンの外れ方がやばかったのですが、いよいよペダルが回らなくなりました。明らかに内部のギアに故障があります。そもそも最初から応急処置をしながら使っているであろうボロボロのおんぼろチャリンコなのです。まあ今回のバーニングマン中にこの瞬間ががくるのは何となく予測がついていたのですが。
このバーニングマンにはチャリンコを修理してくれるキャンプももちろん存在します。
おそらくたくさん修理キャンプはありましょうが、僕はセンタープラヤからの帰り際に最寄りの修理キャンプへ寄って、待つこと30分、モデルみたいな体形のお姉さんが僕のチャリンコを修理に当たってくれました。
よくよく見てもらうとちゃっちゃと直るような壊れ方ではないらしく、ペダルについてる内部構造を開けてギアの接続部を確認してみます。開放するとペダルを支える球状のベアリングがペダル芯を囲むように設置されているのですが、その玉の間に入って機能するフレーム枠がボロボロに砕け散って無数の金属片となっていました。これによりベアリングが回らずペダルも回転しないというような事だったようです。そこで新しいフレーム枠とベアリング設置し、抜けかけていたタイヤの空気も入れ直し無事終了となりました。
こんな修理を一時間近くもやってくれたでしょうか。貴重なバーニングマンの時間を僕のおんぼろチャリの修理に1時間かけてくれたのです。もちろんそれは所属キャンプの仕事だからではあるのでしょうが、僕は思わず感動してしまいました。
ギブの精神が体現されている瞬間に居合わせた、という気持ちになったからでしょう。お姉さんには感謝の言葉もありません。そこでギフト用にもっていたカラビナを差し上げました。喜んでもらえただろうか。
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