旅行期間 8/23 – 9/1 2025
こんにちはーらーきいです。
僕は2025年にバーニングマンというアメリカの一部のアーティストには非常に有名な砂漠のイベントに参加していて、少し時間が経ってしまったんですがそのことを書き残しておこうかなー、と思いました。バーニングマンへの参加を考えている方、是非ご参考に! これから写真もアップしていきますよー
バックナンバーはこちら:
vol.5:Wrong town(ロングタウン)キャンプへ到着
vol.6:Wrong town キャンプの人々と初日の夜景
vol.7:25日 月曜日 キャンプ生活の始まりとテーマキャンプ
vol.9:27日 水曜日 夜のディーププラヤへ、バーナー達の宴
vol.11:29日 金曜日 自分自身を魅せる、バーニングマン・Spanky ‘s wine barとか、いろいろ
続き:
月曜日 1日
荷物をまとめてバーナーエクスプレスへ
僕らの朝は、帰路につく最終日である本日、月曜日も早かったです(本当に今まで毎日早起きでした)。
というのも帰りのバーナーエクスプレスも予約制で、一番遅いもので朝の8時の便しか取れなかったのです(もっとゆっくり出発したかった、、)。持っている荷物をすべてまとめて、テントを畳み、みんなに挨拶して、、早朝6時には起きたのに出発はぎりぎりでした。長い滞在でなかなか荷物もまとめて切れていませんでした。
そんな忙しい片付けもキャンプの仲間が手伝ってくれ、さらには大量の荷物をカートに載せて、一緒にバス停まで送りに来てくれました。最後の朝日を拝みながらバスの停留所へ向かいます。
バス停にはもう何台もバーナーエクスプレスが控えています。停留所の簡素な手続き所でプリントしたチケット控えとIDを提示し、「次のバスに乗るように」と係に言われ、もう準備は完了、いよいよBRCを去る瞬間が近づきます。
外にはもう太陽の姿が高く見え始めています。一緒に来てくれたカクさん、ユズリハ、アイは同じシェアハウスの住まいで一緒にやはりバスに乗るのですが、10時のバスを予約していたということだったのでまだ時間があるのですが、彼らもバスの係員の話だともういつでもバスに乗ってよいみたいでした。意外とバーナーエクスプレスの時間は融通が利くのかもしれません。
他にもバス停にはバスキャンプにテントを張っているカナヤン、庭師コウタが一緒に来てくれました。コウタはロングタウンのリーダーであるマーシャルと一緒にキャンプ設営用のトレーラーでカリフォルニア経由で来たので、彼は同じルートでマーシャルと一緒に帰る予定でしょう。
バーニングマンを通じ刺激的な経験、そしてそれを一緒に体験した新しい友人に会うことができました。それは本当にかけがえのない経験だったと思います。
帰りのバスは来る時にもましてあっという間でした。バーニングマン中のいろいろな経験が帰りのバスでは思い起こされました。
嗚呼、今日もネバダの空はカラっと蒼い、、、
バスがリノ空港に着くとバーナー達はすぐにちりじりになっていきます。
BRCではみんな本当に親切で温かく、ぜんぜん普通のアメリカとは違いました。ドライなニューヨークの人間模様とは違い、もっと人同士がくっついたコミュニティ的な空間だったなあ、と思います。この空港からはまた、冷たいアメリカに戻ったのか、と思うと結構がっかりでした。それだけバーニングマンというのは魅力的な時間だったのだろうと思います。
僕たちの飛行機の便は夜の10時でした。現在の時刻はまだ午前中。つぶせるヒマはかなり長いのですが、荷物が多すぎて行動は難しいです。それにBRCから現世に戻った者はもれなく「泥だらけ」なのです。嫁さんと一緒に知恵を絞った結果、泊りこそしないがホテルに一泊して体を清掃、荷物を整理、ついでに少し寝ていこうという事になりました。
冒頭でも書きましたがカジノホテルは当日予約でも悪くない値段です。予約サイト、Booking.comで$135、これでゆっくり休養がとれるのであればいいオプションでした。
予約が済んだらすぐに空港シャトルから出発し、ホテルへ。チェックインまで少し待つので、その前に食事にしました。ホテルのレストランでハンバーガーセットとスムージーを注文します。
おお、久しぶりの普通のご飯だ! やはりうまい!!
チェックインができれば荷物からほこりや泥をはたいて、あまり汚いものは洗濯、飛行機に乗りやすいように整理し、自分達も砂塵と泥だらけの体を洗うとシャワールームには信じられないくらい濁った水が流れていきます。いやあ、一週間は長かったんだなあ。
荷物整理が済んだら僕らは久しぶりにベッドの上で仮眠し、飛行機の搭乗2時間前には空港へ出発しました。
もう真っ暗になったリノ国際空港から飛行機が飛び立ちます。
今回の旅は非常に特殊なものでした。今までに出かけたどの旅行ともかなり異質で、すごい刺激をたくさん浴びました。40を過ぎた僕がこれだけ刺激を感じたのだから、若者が体験したらそれはもっとすごい衝撃となるでしょう。
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